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伏 鉄砲娘の捕物帳(25点)

◆伏 鉄砲娘の捕物帳
★★☆☆☆☆☆☆☆☆(25点)
0000鉄砲
アニメだけでは映画にならない

PS3ネットワーク独占アニメとして配信された「忘年のザムド」。なかなか見れるアニメだったけど、監督の宮地さんは千と千尋で監督助手をしていたこともあって、頭から尻尾までジブリの引用・オマージュで少々胃にもたれるところがあった。その宮路さんの劇場第一作ということで、どんな風に消化してるのかなと気になり、あまり趣味じゃないテーマだったが観賞にいたった。

なんでも「伏 贋作・里見八犬伝」という八犬伝の分解・再構築系の小説を原作としているらしい。ややっこしいので何も考えないで観た方が良いと思う。それにしても八犬伝の分解再構築頻度はアーサー王にも引けを取らない。

さて、タイトルにもなっている“伏”というのは人と犬の間に生まれた種族の事で、本作はこの伏と人間との争いがメインの舞台。
純・八犬伝ファンならばこの設定だけで眉間に皺がよりそうなものだが、オオカミ子供のホニャララと言い、最近は獣姦がひとつのムーブメントのようなので、ここはひとつご容赦を。

主人公は狩人の娘で、鉄砲使いの俺っ子(自分のことを俺と呼ぶ)。祖父に死なれ、兄貴を頼って江戸に来たところ、江戸で大流行中の伏狩りの手伝いをすることになった。
しかしひょんなことから伏の男と知り合いになってしまった主人公は、狩るもの狩られるものの定めを見失ってしまう。いっぽう伏は、狩られる身となった定めの根源を追って江戸城へと向かう…。
果たして本作の行く末は、オーパーツ的金字塔「八犬伝」のいかなる贋作となりうるか。
・・・

独特な色合いが目にまぶしいファンタジックな映像は、良くできている。
しかし、褒められるのはそこまで。
本作はおそらく“狩る者と狩られる者との間に紡がれた物語”となる筈であったと思われる。少なくとも、予告ではそう見えるし、結末の行方もそういう方向を向いている。にも関わらず、両者の絆はほとんど描かれていない。「猟師と獲物の間にはピンと張った絆ができる」という、耳に新しいフレーズとそこから受ける直感的なイメージは実に素晴らしいと思うのだが、肝心のそれを主人公と伏の間で怠ったのは何故なのか。だから僕は、主人公と伏の間に生まれた感情が何であるのか、この映画を観終わってもさっぱりわからない。わかっていたとしても、それは想像しうる制作意図から感じたのであって、この物語の脚本からは理解しがたかった。

実にアニメらしい演出が、そうした脚本のピンボケに拍車をかけてしまっている。明るい演出も哀しい演出も突飛過ぎて、ただただとっ散らかるのみだ。
やたらと台詞で説明しているくせに、肝心なことはまったく伝わってこない。これは、誰の話なのか。誰が、何に気づく話なのか。ターニングポイントはどこだったのか。それが何故、おもしろいのか。
処女作でよく見かける混乱。と言ってしまえばそれまでか。


ただし、まったく観るところの無い映画ではない。
冒頭にあげたように、このアニメの絵面はとても綺麗で良くできている。ゲーム的で独特な世界観は、ピントの合う人に取っては居心地の良い世界なのかもしれない。
例えばこの映画には滝沢馬琴の孫娘が登場する。この孫娘、江戸が舞台なはずなのに現代の洋服を着ている。これは僕からすれば混乱を助長するノイズに過ぎないが、こういう作者の自由奔放なジョーク、または紛い物を創ろうという気概(これは贋作を名乗る本作の重要なポリシーであるとは思う)、それが違和感なく肌に合うのであれば、面白いと想える可能性はある。
ただ、それだけで良い映画になるとは到底思えないのだ。
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